東京都写真美術館/出光真子 おんなのさくひん (ある映像作家の自伝)は、2026年9月21日まで開催中です。
出光真子。海外の美術館でブラウン管に映し出される日本の家族の姿を眺め何かが引っ掛かっていた作品群。日本で改めて作品を眺め、この作家が表現したいことの本質を理解する。
出光真子。日本人の女性アーティストだ。主に70年代から80年代にかけて製作した映像作品で知られる。誰でも知っているというレベルのアーティストではない。私も、このアーティストは知らなかった。日本のアーティストで言えば、草間彌生、奈良美智、村上隆、杉本博司というようなメディアに頻繁に登場する人とは異なる。
このアーティストの作品を初めて見たのは海外の美術館だった。記憶では、ドイツ、ミュンヘンにある新ナショナルギャラリーだったと思う。ブラウン管型のテレビに彼女の作品は流れていた。日本人の母親と子供が登場する内容で少し眺めたが、滑稽な印象を受けすべては見なかった。

その後、海外の美術館で一回か二回、昔の日本人の姿を描いた映像を目にした。そして、2026年、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で展示されているのを見つけた。この時は、ブラウン管の前に立ち、10分程度眺めたあとで何かが引っ掛かった。
そして、2026年7月、東京都写真美術館で彼女の企画展「出光真子 おんなのさくひん ある映像作家の作品」が行われ、並んでいる一連の作品を鑑賞し、このアーティストが作品の中で伝えたいことが分かり、今まで彼女の作品を断片的に見て引っ掛かっていた理由が判明した。

彼女の作品は高度経済成長期の日本の一般家庭の姿を映し出している。題材は、「男尊女卑」「家父長制」「世間体」などだ。主要作品は1970年~1980年代にかけて製作されているが、彼女の作品は、当時、自分が感じていた社会問題、また、自分の家族、または周りの家族とも少なからず一致する部分があり共感を覚えたのだ。
日本の高度経済成長期の一般的な社会の中で当然のように受け入れられていた価値観として次のようなことがあったと思う。
・男女ともに結婚するのが当然である。
・結婚したら子供を二人作ることが普通。
・女性は結婚したら仕事を止め主婦になるのが普通。
・女性が結婚せず、仕事を続けることは世間体が良くない。
・女性は家庭を守る。旦那の仕事に支障がないように尽くすことが重要。
・女性の仕事は子供を育てること。自分が行いたいことは我慢すること。
このような価値観を表現している作品として次の三つの作品を挙げたい。この三作品は、東京都写真美術館の企画展以外でも展示されていた記憶がある作品だ。下記の説明は、2016年の企画展のパンフレットの記述だ。
主婦の一日
1977年|シングルチャンネル・ビデオ|カラー|サウンド(日本語歌詞)9分50秒
出光本人が出演し、主婦の日常を長回しで捉える。ビデオモニターに大きく映し出された、出光本人の目が主婦をつきまとうように監視する。社会的につくられた主婦という立場が、世間からの眼差しに加えて彼女本人の内なる目によっても内面化されていく様子を描く。

英雄ちゃん、ママよ
1983年|シングルチャンネル・ビデオ|カラー|日本語(英語字幕付)
27分 撮影:マイケル・ゴールドバーグ|技術協力:日本電子専門学校
就職し家を出た息子へ異常な執着を示す母の行動を描く。1980年代の初め、家庭用ビデオの新たな規格VHSが販売され、各家庭に広く浸透し始めた。母は息子の不在を埋めようと、息子を録画したVHSテープをリビングのモニターで繰り返し再生し、映像の中の息子のために食事を用意する。出光はアメリカでの子育ての経験から、日本における、子の自立を母自身が阻害するような関係性に疑問を投げかけている。

清子の場合
1989年|シングルチャンネル・ビデオ|カラー|日本語(英語字幕付)
24分20秒 撮影:マイケル・ゴールドバーグ|16ミリ撮影:御子柴 野本康夫
画家志望の女性は両親の強要により結婚するものの、家事と育児に追われ、画業を続けたいという希望は周囲からの理解を得ることができない。湧き上がる自己表現の欲求を抑えることができず、表現者への道を閉ざされた女性が追い詰められていく過程と、悲痛な叫びを描く。本作は、出光自身の経験だけでなく、彫刻家で詩人の高村光太郎と画家の高村智恵子との関係を参照し構想され、さらにパリで画家を志す苦悩の末に急逝した長姉に捧げられている。

非常にステレオタイプになってしまうが、高度経済成長期において私がイメージする一般家庭とは次のようなものだ。
家族は父と母、子供二人。東京郊外の私鉄沿線の一軒家で生活している。父は一般企業のサラリーマン(会社員)。仕事は9時から17時までだが毎日残業がある。残業は1-2時間程度のものではなく、21~22時頃まで続くことが普通。場合によっては夜中の0時を過ぎることもある。以上のような状況なので帰宅するのは夜中。子供達は既に就寝しており、平日はコミュニケーションを取ることができない。また、携帯電話、スマホもないので、定常的にコミュニケーションを取る手段がない。家族全員が顔を合わせることができるのは土曜日あるいは日曜日になるが、子供達は塾に行っていたり、習い事をしているため不在のことがある。また、父親は顧客との接待ゴルフのため家にいなかったりする。あるいは、父親は平日仕事に忙殺されるため、土曜日と日曜日は家で寝ていたりする。
親は子供に将来のため良い学校に行くことを勧め、勉強するように言う。子供は勉強に追われ、加えて、学校の授業後にある課外活動にも参加する必要があるため、毎日が忙しく余裕がない。一方で、家庭内のコミュニケーション不足より父親と母親は不仲となり、子供たちは忙しい生活に疑問を感じ、家庭がうまくいかなくなる。父親の中には、酒、女、ギャンブルに依存する者もおり、母親は自分がしたいことができないため子供に期待するようになり過保護あるいは教育ママになる者もいる。

実は、出光真子は、出光興産という大企業創業者の娘であり、その家庭環境も作品制作に大きな影響を与えた。企画展に展示されていた作品の一つに「父の情景」という作品があり、父親のことについて、「男尊女卑の姿勢が洋服を着ているような人だった」という記述があった。つまり、出光真子が描いたのは単なる「女性の問題」ではなく、戦後日本が作り上げた家族像そのものだったのだろう。
出光真子は1940年生まれ。米国との戦争とされる太平洋戦争開戦が1941年、終戦が1945年なので、戦中、戦後、高度経済成長期を体験している方だ。
おそらく、戦後しばらくして世の中が安定し高度経済成長期に向かう中で、戦前から続く価値観が社会に色濃く残っていたため、上述したような風潮が残っていたのだと思う。個人的にも、私が幼少、学生時代は、まだまだこのような風潮は残っていたと思う。
今や、戦後80年。記述した価値観は以前ほどではなくなったが、いわゆる世間体という発想はまだまだ残っているような気がする。どちらが良いのか悪いのかは議論があるが、少なくとも、人々が生きていくうえで選択肢が増えたのは事実だと思う。
2026年の東京都写真美術館の展示では、若い女性の姿が多かったように感じた。出光真子は、Wikipediaには英語のページはあるが日本語のページはなかった(この記事を記載した時点で)。意外だった。おそらく、海外での知名度の方が高いのかもしれない。
日本社会を考えるうえで非常に参考になるアーティストだと思う。是非、美術館で彼女の映像作品を見つけたら、足を止めて鑑賞していただきたい。何かを感じるかもしれない。
★ 東京都写真美術館の企画展に行ける方は、是非足を運んでいただきたい。
基本情報
■ 名称:東京都写真美術館/出光真子 おんなのさくひん ある映像作家の自伝
■ 住所 : 東京都目黒区三田1丁目13−3 恵比寿ガーデンプレイス内
■ ホームページ:https://topmuseum.jp/exhibition/5417/
■ その他:企画展は、2026年9月21日まで開催中です。
Originally published on Aug 1 2026