小田原郊外、おそらく美術館だが美術館には見えない敷地で、新しい形の現代芸術を体感する。
杉本博司がプロデュースした美術館。正確には「空間」という言い方が適切かもしれない。小田原の郊外の山にある。東京からだと、新幹線で小田原駅まで行き、小田原の先にある根布川駅まで一時間程度。根布川駅から無料送迎バスで10分程度で到着する。
杉本博司を知ったのは 2000年に入ってからだが、個人的に衝撃を受けたのは、2016年の東京都写真美術館で行われた「ロスト・ヒューマン」だった。この展示に並んでいた骨董品、オブジェ、そして、付属して掲載された文章が刺さった。衝撃だった。その文章が書かれたパンフレットを持ち帰って読み返した。例えば、ある展示は、1999年の雑誌「タイム」、1974年の雑誌「ニューズウィーク」、その他の冊子が展示され、展示スペースに、手書きの文章が書かれた紙が掲げられているというスタイルだった。この文章だが、一つ紹介する。
12 ジャーナリスト
今日、世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない。私は潔癖主義者だった。あらゆる不正を社会から根絶することが、私の社会的使命だと思っていた。特に政治家の不正は許し難かった。私は権力者の少女売春事件や、大統領の執務室不倫事件、その他多くの収賄事件を告発することに成功した。特に政治家のセックススキャンダルは、新聞の売り上げを倍増させ、ビジネスにもなった。だがある日、気がついてみると、政界には、人間的魅力に乏しい、能力のない人間しか残っていなかった。社会は機能不全に陥り、萎縮していってしまった。不法行為は許せないと思った私が馬鹿だった。法とは人間集団間の利害調整のための、ただの方便にすぎない、法そのものが、人間が作った愚かさの象徴だったのだ。
この江之浦測候所は、「ロスト・ヒューマン」の展示後、杉本博司が小田原の郊外に、自身の集大成的な場所を建設中、としていた場所で、訪れるのを楽しみにしていた。
私が訪れたのは2018年10月。開設から約1年が経過していたが、ちょうど、敷地内のエリアが拡張された時だった。この江之浦測候所は、傍から見ると公園のように見えるが、敷地内に入ると、何やら、ホテルの特別レセプションのような建物に通され、係の人から園内の説明を受けた。駅から無料送迎バスを利用せず、個人で入園したため、係員の人から自分だけが説明を受け、何とも贅沢な気分になった。
このレセプションの建物の前には、一直線に続く建物がある。その建物は「夏至光遥拝100メートルギャラリー」と呼ばれる場所で、壁に杉本博司の代表作である「海景」が展示されていた。「海景」は世界各地の海岸で、海と水平線と空だけが映った写真で、「現代人と古代人が見た同じ風景」というのがキャッチフレーズだったと記憶している。江之浦測候所は、入場が予約制のため、来場者が制限されていることもあり、この「海景」が展示されている空間を独り占めできる。100メートルのギャラリーに自分以外に誰もいない状況というのはなかなか体感できないと思う。贅沢な空間と時間だ。
敷地内には人類というレベルの歴史を想起させる建築物、オブジェが点在している。「光学硝子舞台」というタイトルのオブジェと、山中を少し下ったところにある「化石窟」という名称の小屋に展示されていた化石は必見と言えるだろう。
この場所は、「美術館だが、美術館には見えない」不思議な場所だ。従来の美術館の常識を変えるエポックメーキングとなったのではないかと思う。場所は不便だが、足を運ぶ価値がある特異な場所・空間であり、世界中から人が訪れるのではないかという気がしている。是非、足を運んで、このユニークな空間を体感していただければと思う。
2018年訪問
基本情報
■ 名称: 江之浦測候所
■ 住所 : Enoura 362-1, Odawara, Kanagawa, Japan
■ ホームページ:
https://www.odawara-af.com/ja/enoura/
(described on Feb 10 2019)
(latest update on Apr 12 2020)