バグダッド / “h” がないバグダッド (Bagdad, USA)_謎を解明する

バグダッド。イラクではなく、アメリカにあるバグダッドという名称の場所を歩き、スペルが Baghdad ではなく、”h” がない Bagdad であることに気付き、その理由について考える。

アメリカを旅行していて気付いたことがある。同じ地名の場所が数多く見られるということだ。町の名前で言うと、例えば、スプリングフィールド(Springfield)、レバノン(Lebanon)、セーラム(Salam)、ワシントン(Washington)など。もちろん、国が広く人口も多いため、多くの町があることも関係するが、それにしても、同じ名前が目に付くと思う。

この同じ名前ということで、個人的に印象に残っている名前にバグダッド(Bagdad)がある。バグダッドと言うとイラクの首都を思い出すが、アメリカにあるバグダッドとはスペルが違う、イラクのバグダッドは Baghdad であるのに対して、アメリカにある場所は Bagdad で、「h」のスペルがない。これはなぜなのか? 町の名前を付けた人がイラクにあるバグダッドのスペルを間違えたのか、あるいは、そもそも昔はイラクのバグダッドも Bagdad と書いていたのではないかなど、いろいろ考えるが結論には至っていない。

ここでは、このアメリカにあるバグダッドと呼ばれる場所について書くことにする。私は上に記述した Bagdad に「h」のスペルがないことについて、きっと何か理由があるのだと思っている。なぜなら、私が訪れた三カ所のバグダッドは、すべて「h」のスペルがなかったからだ。バグダッドという名前を付ける時に、イラクのバグダッド(Baghdad)の存在を知らないというのは考えにくい。

バグダッドカフェ(Bagdad Cafe)

このバグダッドカフェは、映画のタイトルでもある。1987年制作の西ドイツ映画だが、舞台はアメリカ、カリフォルニア東部にあるモハベ砂漠にあるカフェだ。このカフェの名前がバグダッドカフェという。このバグダッドカフェの映画のロケを行った場所が、モハベ砂漠にあるニューベリースプリングス(Newberry Springs)という町の近くにある。実際にカフェは存在するが、カフェの名前はバグダッドカフェではなく、サイドウィンダーカフェ(Sidewinder Café)だった。

このバグダッドカフェは、大好きな映画である。人間ドラマを描いた傑作の一つであり、時々観たくなる。主人公の太った女性と、その女性の周りに登場する人物のキャラクターが素敵で、映画の中で流れてくる、「Calling you」という曲は哀愁を誘う名曲だ。

私が初めて、サイドウィンダーカフェを訪れたのは、1995年。カフェの中は、映画に映っている情景とほぼ同じで、世界中から訪れた人のメッセージ、写真などが壁に敷き詰められていた。店の人も会話に付き合ってくれ、非常に楽しかった思い出がある。また、カフェから50m程離れた場所には、映画に出てきたモーテルも存在し、気分が高揚した。ちなみに、二回目にこの場所を訪れた時、カフェの名前は、映画と同じ、バグダッドカフェへ変わっていた。

このカフェがある前の通りはルート66で、通り沿いには、家屋が少し見えるだけで、少し東に走ると道路沿いには何もなくなる。映画の通り、まさに周りに何もない砂漠の中に建つカフェだ。

尚、この記事の執筆時に、Google Mapで場所を確認したところ、映画の中に出てきたモーテルは、看板は残っているようだが、建物自体は取り壊されているようだった。

(1995年、2002年訪問)

バグダッド、カリフォルニア (Bagdad, California)

バグダッドカフェの映画は、バグダッドという町に唯一あるカフェの話なのだが、映画のロケ地は、上述の通りバグダッドという町ではない。ニューベリースプリングスという町にある。では、このバグダッドはどこにあるのか? 地図で、モハベ砂漠を眺めていた時、私はある場所にバグダッドという町を見つけた。場所はニューベリースプリングスから、東へ80km程行ったところ、インターステート40号線にあるルドゥロー(Ludlow)という場所から、南西に延びるルート66をしばらく走った所にある。

私はバグダッドカフェの映画を見てから、アメリカのロードマップ(道路地図)を眺めていて、このバグダッドという場所を見つけた。当時は、インターネットが普及していない時代でもあり、私は、地図に見出したバグダッドが、バグダッドカフェの映画のロケ地であると思い、この場所に行くためにアメリカに向かった。

ロサンゼルスから車で西に向かい、インターステート40号線にあるルドゥロー(Ludlow)からルート66に入った。荒野の中を走るルート66は、見渡す限り人工物はなく、私はこのバグダッドの町まで来ればきっと建物があると思い込んでいたが、気が付くと、バグダッドの東にあるアンボイという町に到着していた。

このアンボイには、Roy’s Motel & Caféという宣伝・広告でよく使われていた有名なカフェがあるが、私はこの町の存在も知らず、アンボイに到着した時にここがバグダッドの町だと思い込み、しばらくアンボイの町をうろついていた。そして、町にあるRoy’s Motelのリセプションらしき建物の前に居た唯一の人と会話を交わした。

「ここはバグダッドですか?」
「いいや、ここはアンボイだよ」
「バグダッドは?」
「ああ、バグダッドね、それはもう少し西に行ったところだよ」
「でも、私は、今、西から走ってきたのですが、建物があることに気付きませんでしたよ」
「そりゃそうだよ、バグダッドには何もないからね」
「バグダッドカフェはないんですか?」
「バグダッドカフェ? 映画のバグダッドカフェのことかい?」
「そうです」
「だったら、その場所は、ニューベリースプリングスにあるよ。バグダッドをさらに西に行ったところだ、結構距離があるよ」
「そうなんですか、でも、バグダッドの町にはなにもないんですね」
「そうだね、ゴーストタウンだからね、いや、もう何もないからゴーストタウンでもないね。昔は、本当にカフェがあったらしいけど、今は何もないよ」
「そうですか、残念です」
「あっ、でも、バグダッドがあった場所は分かるよ。大きな木が一本だけ生えているんだ。車から見えるから、すぐにわかると思うよ」

こうして、私は、バグダッドに行くため、走ってきた道を戻るように西へ向かった。

アンボイで話した男の人が言うように、かつてバグダッドの町があった場所には、大きな木が一本立っていた。高さにして五メートルほど。周辺は荒野で木が一本も生えていないため、すぐに分かった。木の周辺を徘徊し、改めて見渡すが、かつてここに町があったと言われても誰も信じないだろう。

遠くから汽笛が聞こえ、その音がする方向を見ると、二、三百メートル程離れた所に、ルート66と並行して線路が走っていて、汽車が近づいてくるのが見えた。その汽車の先頭車両が、私の横を通り過ぎる手前で、少し長めの汽笛を鳴らした。おそらく、汽車の運転手が私の存在に気付いたためだろう。

改めて、この場所に唯一存在する木の周辺を歩き回る。そして、地面に、建物の基礎であるコンクリートを見つけた。ある情報によると、建物は1991年にすべて取り壊されたということだが、かつて、1940年頃には、確かにバグダッドカフェが存在した。このカフェは、この周辺では唯一、ダンスフロアとジュークボックスがあり、人々が集まってきた場所で、バグダッドカフェの映画のインスピレーションとなったということだ。私は、バグダッドカフェの映画の情景を思い出し、改めて、何もない周辺を見渡す。映画とこの場所のイメージが同期したような気がした。

その後、私は、さらに西に40㎞程行ったニューベリースプリングに行き、上述したバグダッドカフェの映画のロケ地に辿り着くことになる。

ちなみに、このバグダッドの町に唯一生えていた木だが、2018年に再訪した時には、葉が枯れていた。最初に訪れた1995年から23年。時が過ったことを実感した。尚、WiKiによると、この場所は、昔、767日間連続で雨が降らなかった場所で、アメリカにおける最長記録を保持する場所ということだ。

(1995年、2002年、2005年、2010年、2018年訪問)

バグダッドシアター&パブ、ポートランド、オレゴン

ポートランドは、「環境先進都市」というイメージがある。確かに、自転車を使っている人が多いし、街は清潔、レストランやショップはオーガニックを意識したものが多い。きっと住みやすい場所なのだと思う。

ポートランドのダウンタウンから川を渡り、東へ少し走ったところにあるホウソーン(Howthorne)地区を徘徊している時、道路沿いに、レトロなシアターのように見える建物を発見し、建物の前まで行ったところ、そこは映画館だった。そして、そこに書かれた名前を見ると、バグダッドシアターとある。スペルは、Bagdad。やはり、「h」がなかった。そして、その劇場の脇には、カフェレストランがあった。気候が良かったため、道路との間の敷居は取り払われていて、私は迷わずその店に入った。

この場所は、バグダッドシアター&パブ(Bagdad Theater & Pub)といい、食事ができるところはパブということになる。どちらかというと、パブというよりは、しっかりしたレストランだろう。店内は木製のテーブルと椅子が並び、柔らかく、昔の懐かしい思い出のようなものを想起させる雰囲気だった。The Higher Bawlという味の付いたライスの上に野菜がのった一風変わった料理を食し、店内にいる客や、店内のインテリアを眺めながら、リラックスした時間を過ごした。

会計時、テーブルを担当してくれた真面目そうな感じの女性と会話を交わした。

「このBagdadの名前の由来は何でしょうか?」
「最初の人が付けた名前だから、残念だけど、理由まではわからないわ」
「ところで、Bagdad Cafeという映画があるのは御存知です?」
「ああ、知っているわ」
「そのBagdad CafeのBagdadの綴りは、「h」がないんですよ。イラクにバグダッドという都市がありますよね、あそこはBaghdadなんです。hがあるんですよ」
「そうそう、その通りね。それは、オリジナルネーミングというやつね」

 女性店員は最後にこう言うと、カード読取り機から私のクレジットカードを取り出し、レシートと一緒に私に返しながら言った。「Thank you, have a good day」


(2019年訪問)

最後に

結局、なぜ、アメリカのバグダッド(Bagdad)は、Baghdadではないのか、その理由は分かっていない。どうも、Bagdadというスペルもありということのようだが、それにしても、アメリカで命名されているバグダッドが、すべて「h」がないBagdadに一致しているというのは不思議だ。まあ、大した意味などないと思うが、一つ言えることは、イラクのバグダッドは、かつて、9世紀から10世紀にかけて、世界最大の都市で、中近東の中心都市だったという事実だ。おそらく、この時代の栄華にはからい、町の名前、店の名前にバグダッドと命名したのであろう。それにしても、上述の三カ所のすべてで、「h」のスペルがないというのは、単なる偶然なのだろうか?

と、ここまで書いてウェブで調べたところ、記事を書かれている方がおられました。その説明によると、実は、古くはイラクのバグダッドも「h」がない「Bagdad」と記載していたものの、第二次世界大戦後に主流となった「原音主義」に従い、アラビア語の発音に倣い「h」を加え、「Baghdad」になったということです。

基本情報

​■ 名称 : バグダッドカフェ(Bagdad Café)
■ 住所:46548 National Trails Hwy, Newberry Springs, CA 92365, USA
■ ホームページ : https://www.route66guide.com/bagdad-cafe.html

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