エルサレム 旧市街 (Israel)

イスラエル、エルサレム旧市街。1km四方の城壁内の迷路のような道を歩き回り、この場所が辿った歴史を想起し、今まで体感したことがない感情が湧き上がっている自分に気付く。

何かと政治的な話題で耳にする場所だ。パレスティナとの紛争、領土問題、イスラム諸国との関係、などなど。一般的には、観光で訪れるような場所ではないイメージを多くの人は持たれるのではないだろうか。最初の訪問は、1990年。大学で国際問題関係を学んでいたこともあり、紛争が起こっている場所に少なからず興味を覚え、足を運んだというのが経緯だ。

1990年の最初の訪問はロンドンから、2019年の訪問はフランクフルトから飛行機で入った。二回とも、飛行機に乗る前に特別なセキュリティー検査があり、この場所が他の場所とは異なることを感じた。入国に際しても質問が多く、係官が誘導尋問的な質問をしてくることに閉口した。二度の観光目的に加え、2012年には仕事でイスラエルに入国したが、その際には「パスポートにスタンプは押さないで欲しい」と依頼すると「何故?」から始まる質問が長々と続いた。また、出国時には、同僚のイギリス人が厳しい荷物チェック及び身体検査に遭遇し、飛行機に乗り遅れそうになっている。ちなみに2019年に訪れた際には、パスポートにスタンプは押されなかったし、出国時の流れも極めて普通だった。基準、あるいはシステムが変わったのかもしれない。

エルサレムに一番近い、ベン・グリオン国際空港からエルサレムの中心街に向かう街並みは、中近東特有の肌色の岩肌を露呈した荒野が広がっている。街の中心は新市街と旧市街に分かれているが、とにかく旧市街に足を運んで欲しい。この旧市街は高さ15m程度の城壁に囲まれた場所だ。ざっくり言うと、一辺1㎞程度の正方形。中は家が密集し、狭い路地が入り組んでいる。

旧市街は、四つの宗教地区に分かれている。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、アルメニア教。一応、境界はあるようだが、自由に行き来できるので、ないようなものだ。有名な史跡は、キリストが処刑されたゴルゴタの丘があったとされる聖墳墓教会と、イスラム教にとっては三番目に重要な場所とされるクッバ・アッサフラ(岩のドーム)になる。

1990年に訪れた時は、ちょうどインティファーダが激しかった時で、旧市街は物騒な雰囲気だった。昼間でも旧市街の店は扉を閉めていたし、人もそれほど歩いていなかった。また、宿泊していた旧市街内のホステルの人からは「数日前、すぐ近くの路上でイスラエル兵士が殺されたよ」と言われた。ただ、そういう状況ではあったが、旧市街は今まで経験したことがない空間で、そこに点在する数々の史跡を訪ねながら、熱病に冒されたように歩き回った。

旧市街を歩いていると、イスラム教徒らしい髭を蓄えた人を見かけ、しばらく歩くと、黒い帽子に顎鬚を生やしたユダヤ教徒の人が歩いている。また、聖墳墓教会周辺に到達すると、イスラム教徒とユダヤ教徒の姿が見えなくなる。一方で、所々に機関銃を手にした警官・警備員の姿があり、文化的に宗教色のない環境、及び平和な環境で育ってきた私には非常に不思議な空間だった。表現は不適切だが、刺激的な場所であった。

聖墳墓教会に行くと教会内のある場所に階段があり、そこを上ったところに祭壇がある。そこが、キリストが処刑されたゴルゴダの丘があった場所だと言う。また、旧市街の南西の城壁外には、キリストが「最後の晩餐を行ったとされる場所」が存在する。この二カ所を訪れた時に感じたのは、媒体やメディアで見聞きしたものとは大きく異なることであり、私はそこにフィクションの匂いを感じた。

旧市街の細い道を歩いていると道に迷う。地図を広げて確認して歩くが、目的地とは逆の方向に歩いていたこともあった。道に迷ったときは、通りの脇に点在する店の人や、英語ができそうな若者に道を訊いた。皆、快く道を教えてくれた。この時のやりとり、また、店やレストランでのやりとりからすると、多くの人は英語を話せるようだった。

2019年1月に徘徊した時の印象は、昼間は、旧市街内のメイン通り沿いの店は開いており、多くの観光客の姿が見られるが、19時を過ぎると店は閉まり始め雰囲気が変わるというものだ。歩く人の数も減り、慣れていない人は怖い印象を受けるかもしれない。ただ、通りが醸し出す歴史を感じさせる雰囲気と、その場所を怪しげに照らし出す街灯のあかりがいい感じだった。

聖墳墓教会の内部には、キリスト教各宗派の礼拝堂がある。出入口である正面扉は所有権で争いとなっているため、その中立性を保つため、その扉の開閉はイスラム教徒の人が行っているということだ。私は、この扉が閉まる時間に立ち会った。私が訪れた時には、扉が閉まる時刻の30分前に片方の扉が閉まり、15分程前に扉付近で教会全体に聞こえるような音で扉か壁を叩く音が響き渡り、定刻には一人の男性が現れて扉を閉め、扉に梯子を立て掛けて上り、扉の中央上にある鍵を施錠した。扉の前に集まった多くの人々の間を、その扉を閉めた男性が「Thank you, Good night」と言って立ち去った。この挨拶が英語であることが、この場所が平和であることの証であるような気がした。

この場所は、宗教問題、政治問題、紛争地域、文化、歴史など、様々な要素が同居している。1㎞四方の城壁に囲まれ、多くの人が、過去から続く歴史と共に生活している特異な場所だ。歴史と宗教を頭に入れながら、この旧市街の迷路のような道を歩くと、今までに感じたことがない興奮、あるいは新たな感情・感覚が沸き起こるのではないかと思う。是非、足を運んでこの場所に存在する熱を感じていただきたい。

1990年、2019年訪問。

基本情報

​■ 名称 : エルサレム旧市街
■ ホームページ:https://www.touristisrael.com/old-city-jerusalem/403/