奥能登国際芸術祭(Ishikawa, Japan)

能登半島、珠洲(スズ)。山と海、両方の自然に恵まれた稀有な土地で、現代芸術が進化し続ける姿を確認する。

石川県能登半島の先にある珠洲市で行われている芸術祭。珠洲はスズと読む。この場所は、世界農業遺産に認定されている「能登の里山里海」地域の一部で、山と海に囲まれた自然が美しい場所だ。

この奥能登国際芸術祭は2017年から始まり、3年に一度、トリエンナーレ形式で行われることになっている。2020年はコロナ禍のため延期となり、2021年開催となった。

2017年に訪れた時に場所の特異性と作品レベルの高さに驚かされ2021年も訪れた。東京からだと能登にある能登空港まで飛んで、車かバス、あるいは金沢まで新幹線で行き車かバスになる。現地の交通機関はバスがあり、開催期間中はツアーバスも出ているが、基本は車で移動することになる。

作品は、珠洲市の市街中心地、半島の北、東の海岸沿い、半島の中心の山の中に点在している。展示会場は50カ所程度あり、とても一日で廻れるようなレベルではない。駆け足で二日、すべて廻るのであれば三日は必要だろう。

この芸術祭の優れたところは、とにかく作品レベルが高いことだろう。好みの問題もあるので一概には言えないが、「何となく作られていたものを展示しました」というのは皆無だった。また、一回目と二回目で展示されていた作品で同じものは6作品だけだった(6作品のうち4作品は屋外作品、屋外作品の1作品は場所を移動)。この新しい作品を中心にすることは、芸術祭を成功させる重要なポイントだと認識しているが、この条件は見事にクリアできていた。

2017年と2020年(コロナのため、実際の開催は2021年)で、インパクトがあった印象に残った場所・作品を紹介する。

■ 塩田千春:時を運ぶ船(2017年、2021年)

部屋の中に船や椅子の模型を置き、その模型と部屋の壁を赤い糸で張り巡らせる作品。このコンセプトは2015年のヴェネチア・ビエンナーレが最初のようだが、この場所は、そのあと、結構すぐに作成されたことになる。展示が行われている場所は公民館のようなところで、係員の方の話によると、現在は使われていないということだった。4年前から既にこの場所は閉まっているということで、このためなのか、作品も劣化している感じがなかった。このコンセプトの作品を見たことがない人には、インパクト充分だ。

■ 鴻池朋子:陸にあがる(2017年)

北の海岸付近の山道を歩いた場所にあった。何やら、車道脇から始まる山道は木に覆われていて、どのぐらい離れた場所にあるのかわからなかったため、山道を戻ってきた人に「どんな感じでしたか?」と声を掛けたら、「そんなのは感じてもらうしかないでしょう。そんなこと訊かないでよ、でも、鴻池朋子は、少し狂った人だからねえ」と説教された。私もこの作家の展示を見たことがあるので、そのコメントに何となく共感できたのだが、実際に上り勾配の山道を10分程歩き作品が見えるポイントに着いて、遠くに見える白い物体を見た時の何ともいえないインパクトは強烈だった。「えっ」という感じ。山道を登る行為とセットで感じる作品だった。

■ 石川直樹:混浴宇宙宝湯(2017年)

この会場には度肝を抜かれた。一階は現役の銭湯なのだが、現在は使われていない二階に上がると、そこは宴会場のような畳敷きの広大なスペース。そこに石川直樹が撮影した写真やら、地元のアイテムが並んでいるのだが、そんなことより、この場所の特殊な空間に驚きっぱなしだった。中央のスペースから外に向かって何やら細い通路が走っているのだが、これが、人が一人しか通れない幅で、途中、十段程度の階段や梯子が現れ、かつ、その通路脇には4畳半から6畳程度の小部屋が並んでいる。増改築を繰り返したのだろうが、現在の建築法では確実に引っかかる構造だ。通路を歩いていると、50年前にタイムスリップしたような感覚に襲われ、この場所で何が行われていたのかという想像が駆け巡った。2021年は、この会場は使用されていなかったが、是非また見たい場所だ。

■ デビット・スプリグス:第一波(2021年)

会場は、かつて漁具倉庫だった場所。大きな倉庫。天井が高い。普通の建物であれば、4-5階建てに相当するだろう。このスペースの中央に、縦6メートル、横15メートル程の透明なフィルムが立て掛けられている。赤く染まったフィルムは何枚か重なり、幻想的な空間を構成している。暗い会場内に浮かび上がるその赤い物体は美しく、人の感情を表現しているようにも見える。それは確実に熱を保持しており、その熱を感じながら特殊な空間に身を置く楽しみを見出していた。いつまでも見ていたい作品で、30分以上館内に足を止めていた。ちなみに2017年も同じ場所で幻想的な作品を展示していた。会場としても素晴らしい。

■ キム・スージャ:息づかい(2021年)

北の海岸に展示されていた作品。海岸線に三枚の鏡が展示されているだけなのだが、その鏡が映し出す海と周辺の風景、青空が広がった景色、誰もいない空間が素晴らしかった。「こういう発想もあるのか」と新たな形を教えてくれた作品。

■中島伽耶子:あかるい家(2021年)

木造建築の空き家の壁や屋根に穴が開けられて、日中は穴から太陽光を取り込んで屋内を照らし、夜は室内の照明の光が穴から漏れ出すというコンセプトの作品。引戸を開けて中に入ると、「はっ」とさせられた。壁と天井から漏れ出す細い光が創り出す光景は、神秘的で感情が和らいでいくのが分かった。建物を出る時には「自然と笑顔になる」、そういう作品だ。非常にシンプルだが、そこから生み出される空間は想像以上。「なるほどねえ」と驚かされた作品だ。

【珠洲市について】

芸術祭の中心となる珠洲市の人口は12000人程度、1950年代のピーク時は38000人程だった。上述の「石川直樹:混浴宇宙宝湯」の会場には、大勢の人が写っている昔の写真が飾られていたり、町の中心には「昭和」を感じさせる映画館やスナック・キャバレーがあった。かつては大勢の人で賑わっていたに違いないと思わせる大きなショッピングセンターの一部のフロアがクローズしていたり、また、家屋の外壁に配された障子窓の障子が破れている光景を幾度となく目にしたりと、過疎化が進んでいる姿が目についた。しかしながら、この土地にある海と山の美しさ雄大さは、日本の他ではなかなか目にすることがない貴重な場所であり、この芸術祭含め何らかのきっかけがあれば、人が集まってくる場所であるような気がする。

2017年、2021年訪問

基本情報

​■ 名称:奥能登国際芸術祭
■ 住所 : 石川県珠洲市飯田町13‐120‐1 (奥能登国際芸術祭実行委員会事務局)
​■ ホームページ:https://oku-noto.jp/ja/index.html
■ その他
この芸術祭を訪れる際は、是非、飛行機で能登空港に入って欲しい。山の中にある空港の着陸時に、海と山が共存している特異な場所であることが確認できる。