ハンブルガー・バーンホフ現代美術館 (Berlin, Germany)

ドイツ、ベルリン、旧駅舎の特殊な構造に驚愕。そして、日本が生んだコンセプチュアルアートの先駆者の作品だけが展示された秀逸の空間に酔いしれる。

ドイツ、ベルリンの中心街にある、昔あった駅舎を改造した現代美術館。ベルリンと言うと、1991年のベルリンの壁の崩壊を思い出す。私は、壁が崩れる2年前の1989年に初めてベルリンを訪れ、チェックポイント・チャーリーを通り、東ドイツ側に入った。その時の、チェックポイントのものものしさ、スーパーマーケットに入った時の物資の貧弱さ、そして、街の広場を覆っていたどんよりした雰囲気が印象に残っていることもあり、今のベルリンの姿と比較すると、時が経過したことを実感せずにはいられない。

2018年訪問時

さて、このハンブルガー・バーンホフ美術館だが、美術館のある敷地内に入ると、古い感じの建物が見え、現代美術館っぽくない佇まいを目にする。建物に入ると正面に受付カウンターがあり、チケットを購入する。館内マップのような冊子をもらえる訳でもなく、カウンターの背後に見える、アーチ状の鉄骨が配されているのを目にし、この美術館が、かつて駅だったことを認識することになる。

その受付カウンターの背後にある、天井が高いスペースを目にすると、「広いなあ」と思う一方で、周辺には展示スペースのようなものが見えず、「これだけ?」と思ってしまうのだが、この美術館の凄いところは、このスペースを見ていただけでは分からない。受付カウンターの背後には、大掛かりな絵が壁に掛かっていて、床に作品が並んでいるが、すぐに見終わり、周囲に目をやる。そこで他の人の動きを見ながら脇にある大きな扉を開けると、その奥にスペースがあり、作品が並んでいるという仕組み。

正面入り口から入って右奥にそのスペースはあるのだが、見ごたえのある作品を一通り見終わると、ある程度満足する。もしかすると、ここで終わりだと思って美術館をあとにする人がいると思う。事実、私も帰ろうとしかけた人なのだ。

勝手な推測だが、十人に二人はこの美術館の凄さを知らずに美術館を去ってしまうのではないだろうかと思う。実は、受付カウンター奥の左手にも扉があるのだ。その扉を開けると、中はしばらく渡り廊下のようになっている。ここで何も知らない人は、この廊下が事務所にでも続いているのだろうと思い、進むのを躊躇ってしまうのではないかと思う。

日本人的感覚だと、十人に三人は、奥まで歩いて行かないと思う。私は幸いにも奥まで歩き、この美術館のハイライトを見ることができたが、この分かり辛い、標識も何もない造りは感嘆するしかない。その廊下のようなところをしばらく歩くと、廊下は右手に折れ、そこに、この美術館の凄さを目にすることができる。三百メートルほどあるのではないだろうか、一直線に続く廊下に沿って左手に部屋が広がり、そこに作品が並んでいる。展示された現代美術作品は、気骨のあるものが多く、この美術館の一貫性のようなものを感じることができる。

そして、私にとってこの美術館を決定的にするものが、その廊下の先に存在した。廊下の半分より少し奥に行ったところにある「河原温」の部屋である。河原温は、1950-60年代より活躍したコンセプチュアルアートの先駆者であり、世界的にも名が知れたアーティストである。一番有名な作品が、「トゥデイ・シリーズ (Today Series)」と呼ばれる「日付絵画」だ。

この「日付絵画」は、一日に一枚、その日の日付をキャンバスに描くというもので、その日が終わる夜中の12時までに完成できなかった場合は、作品としては成立しないルールがある。この「河原温」の部屋には、この「日付絵画」だけが展示されている。部屋の大きさは10mx10m 程で、三方向の壁には、1966年から2013年まで一年ごとの 「日付絵画」と、その下にその 「日付絵画」 の日の新聞の切り抜きが展示されている。

河原温は2014年に亡くなっているので、少なくとも亡くなる前年まで、この 「日付絵画」を続けていたことになる。ここにあるだけでも、48年継続してきたということだ。そして、この河原温だけの作品がある空間に自分だけが存在するという、この上ない贅沢を味わうことができる。

この作品が、美術館で展示されている場合は、たいてい 1つだったり、あっても、3つ程度だったりするが、ここには 48枚あるという訳だ。48年間継続した創作が存在するということになる。

文字の色は微妙に違っていて、文字も英語以外のものがある。河原温は、世界中に足を運んだ人で、この「日付絵画」は、書いた場所の言語で書くということだが、ここには 48年という時間と、世界各地の空間が共存する場所と言えるだろう。

2024年訪問時の状況

2018年と館内の状況が少し変わっていたので、記載したい。

・受付に電光掲示板があった。

・館内Mapの掲示板があった。

これが一番変わった点だ。2018年の時は受付裏手の広大なスペースの左と右に展示スペースがあることが分かる術がなかった。上述の通り、私は人の動きを見てこのスペースがあることを認識したぐらいだ。今回驚いたのは、受付横にボードがあり、そこに館内マップの表示がされていたことだ。また、館内スペースはH1からH6まで区分されており、受付奥の左と右の扉付近の壁には、大きくH5、H6という標示が確認できた。

・河原温の作品は展示されていなかった。

 上述した河原温の部屋はなかった。この部屋は、受付奥の左手に続く廊下横のスペースにあったのだが、H5と表示されたこの展示スペースは、クローズしていた。尚、河原温の作品は、どこにも展示されていなかった。個人的には、この河原温の部屋は恒久展示化して欲しい。

以上より、最初の訪問時ほどの強烈なインパクトはなかったのだが、新たな発見もあった。今回館内に配置されていた館内Mapは上述掲載の写真の通りだが、前回訪問時は、H1、H2、H6とH5の2階に作品が展示されており、H3とH5の1階はクローズしていた。これに対し、、今回の訪問では、H2とH6 がクローズしており、代わりにH3とH5がすべてオープンしていたことだ。

H6の長い展示スペースを再訪したかったのだが、係員の方に確認したところH2とH6は次の企画展の準備中ということだった。どうやら、通年展示ができるように、場所を変えているようだ。

結論だが、前回訪問できなかったH3とH5の展示スペースも素晴らしく、改めてこの美術館のレベルの高さを実感することとなった。前回とは異なり、今回は時間的に余裕があったため時間を掛けて館内を歩いたが、作品のタイプとして絵画作品は非常に限られていた。展示作品は、インスタレーション、オブジェ、映像系が中心であり、現代系作品が中心と言える。

加えて、展示の説明を読んで発見したのは、実はこの美術館があった駅から、第2次世界大戦中、ユダヤ人が強制収容所へ電車で移送されたということだった。館内のショップの少し奥の窓越しの屋外にベンチの作品が展示されており、この作品の説明にこの事実が明記されていた。このあたりは、この美術館の歴史を反省する姿勢の表れなのだろう。

補足

最後に、ベルリンを歩いていて見つけた面白いものを紹介する。街を歩いていると電話ボックスらしきものがあり目にすると、その電話ボックスの中には、本が並んでいた。電話ボックスを開けて中を覗くと説明があり、「この電話ボックスは、簡易図書館で、好きな本を持ち帰って、読み終わったら元の場所に戻して下さい」という主旨の説明があった。個人的には、この仕組み自体は、それほど驚きはなかったが、これを行っている場所が、田舎の町ではなく、ベルリンという大都市の、しかも観光客が大勢来るような場所に存在することに驚かされた。

2018年、2024年訪問

​基本情報

​■ 名称: Hamburger Bahnhof
■ 住所 :  Invalidenstraße 50-51, 10557 Berlin, Germany
​■ ホームページ:
https://www.smb.museum/en/museums-institutions/hamburger-bahnhof/home/