アメリカ、テキサス州マーファ。アートの町の象徴となる美術館で、広大なスペースに並んだインスタレーションを巡り、体感したことがない美術館の姿に圧倒される。
作品はガイドツアーにより公開されている。私が訪れた時は、セレクションツアーとフルツアーの選択肢があったが、セレクションツアーでも3時間、フルツアーだと6時間かかるということで、セレクションツアーを選択。セレクションツアーには二人で参加したが、私たち以外には誰もいなかったため、実質プライベートツアーだった。セレクションツアーでは4作品を鑑賞した。二人だけだったため3時間はかからなかったが2時間以上かかった。いずれもインパクトのある作品。
■ ドナルド・ジャッド / 100 untitled works in mill aluminum
ビジターセンターを出ると、50m程離れたところに見える倉庫のような建物に向かう。この場所では銃器が製造されていたらしい。屋根が半円形の建物は、頂点まで10m以上ありそう。端に扉の入り口があり、ガイドの人が扉の鍵を開けて中に入る。
中は広大。横20m、奥行き80mというところだろうか。ここにアルミ素材の直方体のオブジェが並んでいる。直方体の大きさは、2m(幅)x1m(奥行き)x1m(高さ)程度。正確には41インチx 51インチ x 72インチで、すべて同じ大きさで作られている。サイズは同じだが、構造が微妙に違う。上部に空間があったり、斜めに板が掛かっていたり、中に棚があったり、といろいろだ。話によるとすべて違っているということだ。
作品名の通り、この直方体のオブジェが100体並んでいるのだが、正確には一つ目の建物に52体、二つ目の建物には48体並んでいる。一つ目の建物内を歩き端まで辿り着くと、ガイドの人が反対側の扉の鍵を開け外に出て、その扉の鍵を掛け、隣の建物に移動し、その隣の扉の鍵を開けて中に入る。建物の大きさを20mx80mと書いたが、この二つの建物は80mの長い辺が一直線になるように並んでいる。この並び方も非常に面白い。
建物は側面がガラス張りになっており、建物の中は明るい。この直方体のオブジェの間を歩いていると「何故、このような作品と展示方法になったのか」という疑問が沸き起こりガイドの人に質問したが、「特に何か目的があった訳ではないと思います」という答えだった。言い方は悪いが、このある種、荒唐無稽な作品を広大な敷地に等間隔に並べて展示する徹底ぶりに、今まで体感したことがない驚きを覚えた。凄い。
■ ダン・フラビン / untitled (Marfa Project)
ドナルド・ジャッドの作品が展示されている二つ目の建物を出る。ガイドの人が扉に鍵を掛けると、横に見える建物に移動する。ここに、コの字型の建物が建っている。ガイドの方の説明では、宿泊施設ということだったと思う。この建物のコの字の横棒部分に扉があり、ガイドの人が鍵を開ける。中に入るとそこには何もない。ガイドの人に先導されてコの字型の縦棒の位置に向かって歩く。そして、この縦棒の位置に電飾の作品が展示されている。カラフルで幻想的だ。
これだけであれば、特に驚くことはないのだが、ここからが凄い。コの字型の縦棒の部分は、作品が展示されているため反対側には行けないようになっているのだ。コの字型の下の横棒から作品を鑑賞し、下の横棒の扉から外に出る。外に出ると、ガイドの人が鍵を閉め、コの字型の上の横棒にある建物に移動し、そこにある扉の鍵を開け建物に入り奥まで歩く。今度はコの字型の縦棒を反対側から眺める。そこに電飾の作品がある。が、最初に見た作品とは色が異なる。これもカラフルで幻想的。
以上で、「なるほど」と思うのだが、ここから先がある。この建物が6か所続くのだ。コの字型の建物が、最初に作品を鑑賞した建物から奥に並び、そこに最初に見た作品と同様の電飾作品が展示されているのだ。あるものは最初に作品を鑑賞した建物と同じ、コの字型の縦棒部分に作品が設置されているのだが、あるものは、コの字型の上と下の直線の端に展示されている。すなわち、建物に入ると奥まで歩かなくても電飾作品が鑑賞できる。
6つの建物をすべて鑑賞したが、ガイドの方が一か所ずつ扉の鍵を開け、私たちが鑑賞し終わると鍵を掛けて、次の建物の扉の鍵を開けるというプロセスが続くのだ。建物には扉が二か所あるが、ある建物には扉が3か所、あるいは4か所ある。すなわち全部で15か所程度の扉の鍵の開け閉めが行われるのだ。ガイドの人は、鍵をジャラジャラさせて扉ごとに異なる鍵を探して扉を開け、私たちが中に入る。私たちが建物から出ると鍵を探して扉に鍵を掛ける。この流れが繰り返される。6つの建物は手前から奥まで300m程度ある。おそらく、すべてを鑑賞した時点で1km以上は歩いているだろう。私が鑑賞したのは5月だったが、鑑賞は夕方で気温は30度近くあった。鑑賞前に水のペットボトルを渡されたのだが、なぜ、渡されたのかが理解できた。
「扉からの入退場の繰り返し」「ガイドの方の扉の鍵の開け閉め」「建物内の歩行」「建物から建物への移動」「電飾作品の鑑賞」「ペットボトルの水の溜飲」。以上のプロセスが繰り返されるのだ。鑑賞し終わったあと、何とも言えない達成感に包まれた。これは、体験型の作品と言えるだろう。鑑賞するだけではなく、鑑賞するまでのプロセスが凄い。インパクト充分。
尚、鑑賞後、ガイドの方は汗だらけだった。途中で「最後まで見ますか? 大変だったら、途中で止めてもいいですよ」と訊かれたが、最後まで鑑賞した。すべてのプロセスを体感することが、この作品の重要な部分なので、諦めずに最後まで完遂していただきたい。
さて、この作品だが、光を扱うという観点で、ジェームス・タレルの作品を思い出した。ガイドの方に確認したところ、このダン・フラビンはジェームス・タレルより10歳ほど年上で、この分野の先駆者ということだ。
■ ロバート・アーヴィン / untitled (dawn to dusk)
この作品は、敷地の外に位置している。ダン・フラビンの作品を鑑賞してビジターセンターに戻ってきて、しばらく休憩する。ちなみに、ビジターセンターには、本、ポストカードなどが並んでいて購入可能。このロバート・アーヴィンのサイトは、ビジターセンターから車で1分もかからない場所にあるが、最後にマーファの中心にあるサイトに行くため、各自がこの場所へ来た車に乗って、ガイドの人が運転する車についていく。
サイトの前に車を止める。サイトはコの字型の建物で、コの中央に石柱が立っている。建物と敷地は50mx20m程度の長方形で、20mの一辺には建物がなく中央にスペースがある。建物の高さは5m程度。石柱は、ワシントン州Yakima、あるいはアイルランドから運んできたものということだった。
建物に向かって左側に扉があり、ガイドの人が鍵を開ける。建物に入ると、壁と床が黒く塗りこまれている。奥に向かって二列の廊下が続く。建物の外側と内側には大きな窓が等間隔に設置され、外からの光が廊下の中央に配された壁に投影される。この建物の左側が黒の世界。幻想的。
廊下の突き当りまで歩くとコの字型の縦線部分に来る。ここから建物の反対側に向かう。複数の半透明の仕切りが設置され、その仕切りの中央にくり抜かれた一人しか通れないスペースを潜っていくと、白の世界が現れる。壁と床が白く塗りこまれている。建物の右側も廊下が二列に区切られ、建物の外側と内側に等間隔に窓が配置されている。西側を向いているため夕陽が中に入り、建物の庇の波模様が建物内部に映り込む不思議な光景に遭遇する。
ドナルド・ジャッド、ダン・フラビンの作品と異なり、この作品には鑑賞する明確なオブジェが存在しない。誰もいない静かな空間を歩き、外から入る陽光が織りなす壁に映る影を眺め、黒から白へ移り変わる過程を体感する。贅沢な空間だ。ちなみに、この建物は、軍施設の病院として使われていたということだ。
■ ジョン・チャンバーレイン / sculptures
ロバート・アーヴィンの作品鑑賞後、車でマーファの中心へ向かう。ガイドの方の車についていくと、車は、大きな建物の横に停まる。ドナルド・ジャッド / 100 untitled works in mill aluminumが展示されていた倉庫の一つの大きさと同じぐらい、80mx20mという感じだろうか。この建物は、マーファの町の中心にあるので非常に目立つ。前日、Judd Foundationのツアーに参加し隣の旧銀行の建物を廻っていた時に、人の気配がしない巨大な建物が横にあって不思議に感じていたが、その正体が判明したことになる。
ガイドの方が、建物の横にある扉の鍵を開け中に入る。入ったすぐのところには、巨大なベッドのオブジェがあり、その奥に鉄を組み合わせたオブジェの作品が、フロアにランダムに並んでいる。全部で25作品あるということだが、ドナルド・ジャッド / 100 untitled works in mill aluminum同様、言い方は悪いが、荒唐無稽な作品を広大なスペースに並べる徹底ぶりには、「脱帽」という表現がぴったりだ。
入口近くにある巨大ベッドの奥にはテレビスクリーンがあり、ガイドの方がスイッチを入れる。スクリーンには昔のこれまた荒唐無稽っぽい怪しげな映像が流れる。作品、広大なスペース、意味不明のビデオ映像、説明が難しいが、ツアー最後の作品としては適切なのかもしれない。ちなみにこの場所は、昔、軍服を作っていた工場だったということだ。
以上で、ツアーは終了。ガイドの方は、ビデオを止め、扉に鍵を掛け、車で戻って行った。終了したのは午後7時近く、最後の作品が展示されていた場所は、ジョン・チャンバーレイン・ビルディングという名称で、マーファのメイン通りであるハイランド・ストリートに面している。このハイランド・ストリートに出て、町のシンボルである裁判所の建物を眺め、このツアーから受信したインパクトの大きさに感涙している自分がいることに気付く。凄い。
尚、ガイドによるツアー以外にも、限られた作品は、限られた時間に自由に鑑賞できるプログラムも存在していたが、初めて来られる方はツアーに参加するのがいいだろう。何しろ、敷地が広大過ぎて、迷子になってしまうと思うし、ガイドの方との会話から、この場所の素晴らしさが理解できると思うからだ。
ちなみに、チナティーとは、近くにある山の名称であり、ローカルでは神聖な場所として扱われているということだった。
最後に、写真撮影について。写真撮影は禁止になっている。これは、作家の意向もあるが、ガイドの方の説明では、「写真を許可するとガイドが進まなくなってしまうから」ということだった。確かに、写真を撮りたくなるスポットだらけで、撮影をしていたら止まらなくなってしまうだろう。尚、このウェブに掲載しているチナティーファンデーション内部の写真は、チナティー・ファンデーションの公式サイトからの引用、または、ビジターセンターで購入したポストカードです。ご了解下さい。
2023年訪問
基本情報
■ 名称 : Chinati Foundation
■ 住所 : 1 Cavalry Row, Marfa, Texas, USA
■ ホームページ:https://chinati.org/
■ その他
一点、注意事項を挙げておく。このチナティー・ファンデーションの敷地に入る時のことだ。この場所は、マーファの中心から車で5分ほどの場所にある。敷地の周りは柵で囲われており、ゲートも閉まっている。敷地の手前には建物があり、「受付はどこなのだろう、もしかするとCloseしているのでは?」と考えてしまうが、車を降りて、木製のゲートを自分で開けて入って欲しい。ゲートの上部にステンレスの掛金があるので自分で外すということだ。この入口の手前には、受付と間違えそうな建物があるが、チナティー・ファンデーションとは関係ないようだった。
(described on Oct 21)