デンマーク、コペンハーゲン。アナーキズムを標榜するコミュニティーを巡り、「自主管理」について考え、現存する社会のゴールについて考える。
デンマークと言うと、北欧の小国、バイキング、サッカー、酪農というイメージを持たれるのが一般的ではないだろうか。北欧の定義では、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、アイスランドとなるが、知名度では、この五か国で一番低いかもしれない。
個人的には、北欧五か国の中の四か国は、仕事とプライベートで訪れる機会があったが、デンマークが最後になってしまった。これは、少なからず、上述の知名度の低さが関係していたのかもしれない。デンマークとその首都であるコペンハーゲンをイメージした時、訪れる目的を見出せなかったのだろう。
このデンマークの首都はコペンハーゲンだが、個人的には、ラディカルなイメージを持っている。それは、かつて、若者の右翼化が進み、ドラッグに溺れた若者が増えているという記事を目にしたことがあったためだ。このイメージが頭の片隅に残っていたが、ある時、コペンハーゲンに以下に記載するクリスチャニアという場所があることを知り、上述の「ラディカルなイメージ」と結びつき、足を運ぶこととなった。
クリスチャニアは、コペンハーゲンにある。コペンハーゲンで一番栄えている中央駅と店が並ぶストロイエ通りから地下鉄で数駅の場所だ。では、この場所は何なのか、それは、無政府主義を標榜する人々が生活している場所ということだ。いわゆるアナーキズム的な場所ということになる。住民は850人、土地は34ヘクタール。
もともと軍の所有地だったが、軍が撤退したのちホームレスらが集まり、その後、1971年に一般に開放されると、ヒッピー、不法居住者らの楽園となり、アナーキズム的な場所として発展した。少し分かりやすい例で言うと、2004年までは大麻が合法であったこと、現在では非合法になったものの、敷地内では大麻の売買が行われていることだろう。
敷地内は、誰でも入ることが可能だ。現在はコペンハーゲンの観光地としての側面もあるようだ。この場所だが、クリスチャニアが主催するウォーキングツアーが行われている。私はこのツアーに参加した。この内容含め紹介したい。
一番近くの駅は地下鉄のChristianshavn。この駅から歩いて10分弱の場所だ。Tobvegadeという通りを南に少し下り、交差するPrinsessegadeという通りを東に歩く。コペンハーゲンの中心にある繁華街とは違うが、普通の街の風景という感じだ。Prinsessegadeを5分程歩いた交差点の右奥がクリスチャニアの敷地だ。
この交差点の角から敷地内に入っていく歩道がある。この歩道を進むと左側に3階建ての建物があり、これが100m程続く。この建物の横を一番奥まで歩くと、右側にクリスチャニアの内部に入ってく歩道が見える。この内部に入っていく入口には、ゲートがある。ゲートの外は、上述のPrinsessegade通りになるが、この通り側から見ると、「CHRiSTiANiA」という文字が書かれているのが見える。ここにゲートがあるので、ここが正式な入口なのだろう。
このゲートの表示だが「CHRiSTiANiA」と書かれた標識の裏側には「you are now entering the EU」という記述がある。デンマークはEUに加盟しているので「EU統治外です」ということを宣言していることになる。この場所はデンマーク政府とは別の自治区で、独自のルールで運営されているのだ。
このゲートの前に立っていると、人の出入りが普通に行われていることが分かる。若者が多いように見える。尚、ゲートの前には石が配置され、車は中に入れないようになっている。
ツアーは3階建ての建物の前、ゲート側になる。この建物はPrinsessegade通りに面しているが、通りの方には入口がなく、Christianiaの敷地に面した方にしか入口がない。時間前にはツアー参加者の姿が見え、時間になると、ツワーガイドらしき人が現れる。
まず、参加者は、建物の3階に移動する。ここにギャラリーとカフェがあり、ここで椅子に座り、ガイドの方にガイド料の支払いを済ませる。ガイドの方の説明が始まる。私が参加した時のツワー参加者は10名程度。ガイドの方が、このクリスチャニアの場所、歴史、現状について説明してくれる。現在、住民はしっかり税金を払っていること、失業率が高いという話があった。
余談だが、建物に入り3階までは階段になるのだが、その途中の壁がペイントや落書きで埋め尽くされていた。2階にはロッペン/Loppenというライブハウスがあるのだが、特に2階の入口扉の周辺は素晴らしいペイント・落書きぶりだった。歴史があるライブハウスに違いない。このライブハウスだが、日本のアーティストでは、女性ロックバンド「少年ナイフ」が演奏している。欧州ツアーを行う時にスケジュールされる場所のようだ。残念ながら、私が訪れた時は真冬だったこともあり閉まっていた。
さて、ツアーは敷地内を1時間ほど歩くというものだが、いきなり、このクリスチャニアを有名にしている場所に到着する。ゲートから100m程奥に入ったところにある場所だ。少し広まったエリアがあり屋台が並んでいる。いわゆるプッシャーストリートと呼ばれている場所だ。マリファナ(cannabis)が売られているのだ。
屋台の数は5-6ケ、木材で組まれた屋台の前に男性が立っている。男性は黒装束で顔を隠していた。冬で寒かったこともあるのか、屋台の付近で火が炊かれている。この場所に立ち入った瞬間、空気が変わったことを感じた。怪しい雰囲気満載だ。それなりに怪しい雰囲気の場所を訪れたことはあるが、久しぶりに、身の危険を感じた。偏見かもしれないが、この場所が欧州という感じはしなかった。
この屋台が並ぶ横で、ガイドの人が説明をしてくれた。マリファナは主にモロッコから運ばれてくること、また、マリファナは非合法なので、警察には見つからないようにしているということだ(ここで言う警察は、クリスチャニア外のデンマークの警察という意味)。ガイドの方の説明を聞きながら屋台を見ると、ちょうど取引が行われている光景が目に入った。
実は、ツアーに参加する前に敷地内を歩いてみようと思い、このプッシャーストリートの手前まで来た時に、空気が変わったのを感じ引き返したのだが、この場所はガイドの人がいた方が賢明かもしれない。
尚、このプッシャーストリートは写真撮影禁止。横の建物の壁に写真撮影禁止のマークが描かれていた。ガイドの方の説明によると、この屋台はクリスチャニアの住民が行っている訳ではないということだった。この点は理解しておく必要があるだろう。
このあと奥に歩いたが、プッシャーストリートから数十メートルの場所にあったカフェスタンドの前に制服姿の警察官が二人立って、住民らしき人と話をしている光景を発見した。この光景を見て「なるほど」と思った。いわゆる「分かっているけれども罰しない」ということだ。
このあと敷地内を廻った。土産物屋、リサイクル品を販売している場所、レストラン、アルコールを販売している場所、カフェ、アーティストの作品を販売している場所など、要するに、このクリスチャニア自治区内で生活ができる施設を運営しているということだった。
敷地内には古いビルが建ち、奥は運河に面している。運河まで歩くと向こう岸が見える。クリスチャニアの敷地は運河を挟んだ対岸にまで及んでいる。運河の脇に一軒家が並び、保育園だという場所を紹介してくれる。敷地内は、田舎ののどかな風景という感じだ。
ガイドの方は、おそらく60代から70代の女性だった。東洋人は珍しいのか、途中で「どこから来ました?」という話が始まり、日本で地震があったことについて話になった。「私の友人が北の方に住んでいるんです」ということだった。
ホームページを見ると、この自治区の精神が理解できる。自治区内は14に分かれ、それぞれでエリア会議/Area Meetingが実施され、クリスチャニア全体でコミュニティ会議/Community Meetingが行われ、意思決定が行われる。住民は誰でも意見することができる、すなわち、フラットな体制で直接民主主義制が採用されていることになる。いわゆる、ヒッピーが構築したコミューンが大きくなった感じというところだろうか。
ホームページの最後には、デンマーク政府に対する不信感の記述が見られた。主要部分を翻訳する。
- クリスチャニアの存在はかつてないほど脅かされてる。デンマーク政府は都市の再生を提案しているが、それはクリスチャニアの解体を望んでいる可能性がある。
- 政府はアイデアコンペティション(Idea Competition)を開始したと同時に、湖畔の堤防にある家をすべて取り壊そうとした。間違いなく、政府はクリスチャニアを崩壊させようとしている。クリスチャニアは1991年以来、政府と協定を結んでおり、この間、クリスチャニアは合意した内容に基づき、クリスチャニアを発展させてきた。すべての義務を果たしているはずなのに、現在98件の違法な新規改修と増改築が行われているという声明がデンマーク政府より2003年5月6日に発信されている。デンマーク政府は、クリスチャニアは契約違反を犯しているという根拠より、クリスチャニアにおける自己管理する権利を剥奪できると考えている。しかしながら、クリスチャニアはこの声明に同意できない。
- 左翼は、「最小限の国家」「自由と国家の介入の軽減」「人々を開花させること」または「開かれたコミュニティ」について語っている。これらはアンダース・フォッホ・ラスムッセンスの本の1993年の見出しだ。国家による介入を最小限にする。これはクリスチャニアの生き方と一致している。デンマークの他の地域と同様に規則、法律、管理による正常化は、実際にはクリスチャニアの自主管理を殺すことを意味する。クリスチャニアの絵のように美しい部分を維持できるという考えは、ばかげている。空洞の殻だけが残ることになる。
- デンマーク政府は、クリスチャニアの自主管理を打ち壊そうとしている 自由都市で 30 年以上を経て、クリスチャニアは民主主義を通じて、多くの明白な利点を備えた持続可能な都市地区を確立している。
ツアーに参加して、話を聞きながら歩いた印象は、一つのコミュニティが存在しているというものだ。住民が自分たちで構築したスキームに従い生活している場所ということだろう。見方を変えれば、世の中に存在する会社、学校、組織と同じであり、道徳的に反しないことをしていれば、そこに介入する必要もないのだろう。
プッシャーストリートでの大麻の販売は異論があるかもしれないが、大麻が合法となっている場所は存在するし、この大麻の販売が問題を起こさないのであれば、特段、排除する必要性もないのだろう。
生活をしている人が、コミュニティ生活から外れたい時に外れることができ、外部から入りたい人が入れる構造になっていれば、それでいいのだと思う。上述のクリスチャニティのメッセージから何となく理解できるのは、私たちが生きている社会は、利害関係、損得関係の論理で機能しており、この関係をベースに機能する社会は、目指しているゴールではないかもしれないということだろう。
2024年訪問
基本情報
■ 名称: クリスチャニア/Christiania
■ 住所 : コペンハーゲン、デンマーク
■ ホームページ:
(クリスティアニアホームページ)
https://www.christiania.org/
(ガイドツアーについて記述があるページ)
https://www.visitcopenhagen.com/copenhagen/planning/christiania-gdk957761
(Loppen/ロッペン)
https://loppen.dk/
■ その他
・ガイドツアーは、上述のホームページ参照。>> 夏は毎日、それ以外は週末のみ。15時から。情報は変わることがあるはずなので、ホームページその他を確認し最新情報を入手する必要有り。
・敷地内はプッシャーストリート以外は写真撮影可能。ただし、大きなカメラでの撮影は止めるべきだろう。ツアー参加者で写真撮影をしている人はほとんどいなかった。この場所に限らないが、ローカルで生活している人に対するリスペクトは必須。
・トイレは、最初の集合場所の建物にあった(3階)。敷地内にも所々にあるが、閉まっていたことと、雰囲気が良くなかったので避けた方が賢明。
(described on Jul 14 2024)